行政書士試験記述式過去問分析(令和2年度)

行政書士

(本日のコンテンツ)
1 令和2年度(問題44)条文型
2 令和2年度(問題45)条文型
3 令和2年度(問題46)判例型

皆様、おはようございます。
今回は、第2問で、怒モード全開です。スルーしてもらってもいいのですが、この機に錯誤取り消しについての知識を深めてもらえれば僥倖です。

1 令和2年度(問題44)条文型

(問題文)
A県内の一定区域において、土地区画整理事業(これを「本件事業」という。)が計画された。それを施行するため、土地区画整理法に基づくA県知事の認可(これを「本件認可処分」という。)を受けて、土地区画整理組合(これを「本件組合」という。)が設立され、あわせて本件事業にかかる事業計画も確定された。これを受けて本件事業が施行され、工事の完了などを経て、最終的に、本件組合は、換地処分(これを「本件換地処分」という。)を行った。Xは、本件事業の区域内の宅地につき所有権を有し、本件組合の組合員であるところ、本件換地処分は換地の配分につき違法なものであるとして、その取消しの訴えを提起しようと考えたが、同訴訟の出訴期間がすでに経過していることが判明した。この時点において、本件換地処分の効力を争い、換地のやり直しを求めるため、Xは、①誰を被告として、②どのような行為を対象とする、③どのような訴訟(行政事件訴訟法に定められている抗告訴訟に限る。)を提起すべきか。40字程度で記述しなさい。

※ 丸数字及び赤字などは、理解を助けるため、まるやが付したものです。

(センター解答)
①本件組合を被告として②本件換地処分を対象とする③無効の確認を求める訴えを提起する。

(まるや解説:標準)
まずは、問題文から、「本件換地処分の効力を争い、換地のやり直しを求める」とあり、かつ、争う方法は、抗告訴訟に限られていますので、取り消し訴訟以外の抗告訴訟で、換地のやり直しを求めるとすれば、抗告訴訟は、ザックリ書くと、取消、無効確認、不作為違法確認、義務付け、差し止めになりますから、取消か無効確認になります。
しかし、問題文によれば、「取消しの訴えを提起しようと考えたが、同訴訟の出訴期間がすでに経過していることが判明した。」とあるので、無効確認以外選びようがありません。
故に③の訴えは、無効の確認を求める訴えとなります。
なお、無効確認訴訟に出訴期間はない(無効なものは、いつまでも無効)ということを再確認しておきましょう。

○ 行政事件訴訟法(昭和三十七年法律第百三十九号)
(抗告訴訟)
第三条 この法律において「抗告訴訟」とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう。
2 この法律において「処分の取消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決、決定その他の行為を除く。以下単に「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
3 この法律において「裁決の取消しの訴え」とは、審査請求その他の不服申立て(以下単に「審査請求」という。)に対する行政庁の裁決、決定その他の行為(以下単に「裁決」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
4 この法律において「無効等確認の訴え」とは、処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認を求める訴訟をいう。
5 この法律において「不作為の違法確認の訴え」とは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきであるにかかわらず、これをしないことについての違法の確認を求める訴訟をいう。
6 この法律において「義務付けの訴え」とは、次に掲げる場合において、行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟をいう。
一 行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされないとき(次号に掲げる場合を除く。)。
二 行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において、当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわらずこれがされないとき。
7 この法律において「差止めの訴え」とは、行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟をいう。

次に、無効確認訴訟を行う場合の被告は、行政事件訴訟法(昭和三十七年法律第百三十九号。以下「行訴法」という。)第38条第1項の規定により、行訴訟第11条の規定が無効等確認の訴え(行訴法第3条第4項)にも準用されているので、無効等確認の訴えの被告については、行訴訟第11条第2項の規定により、処分をした行政庁が国又は公共団体に所属しない場合には、当該行政庁が被告になるところ、土地区画整理組合は、法人格を有し、(土地区画整理法第22条)国又は地方公共団体に所属しないので、被告は土地区画整理組合(本件組合)となります。

慌てず、急いで、正確に理解してください。伊藤塾の方であれば、Festina lenteです。

○ 行訴法
(取消訴訟に関する規定の準用)
第三十八条 第十一条から第十三条まで、第十六条から第十九条まで、第二十一条から第二十三条まで、第二十四条、第三十三条及び第三十五条の規定は、取消訴訟以外の抗告訴訟について準用する
2~4 略
(被告適格等)
第十一条 処分又は裁決をした行政庁(処分又は裁決があつた後に当該行政庁の権限が他の行政庁に承継されたときは、当該他の行政庁。以下同じ。)が国又は公共団体に所属する場合には、取消訴訟は、次の各号に掲げる訴えの区分に応じてそれぞれ当該各号に定める者を被告として提起しなければならない。
一・二 略
2 処分又は裁決をした行政庁が国又は公共団体に所属しない場合には、取消訴訟は、当該行政庁を被告として提起しなければならない
3~6 略
○ 土地区画整理法(昭和二十九年法律第百十九号)
(組合の法人格)
第二十二条 組合は、法人とする。

なお、①は、というような条文問題なのですが、仮に、現場で全く分からなかったとしても、①の誰をは、問題文を読むと(国語の問題としても)次の3者しかありません。
1. A県
2. A県知事
3. 本件組合
要は、①の部分に限れば、三択問題になっています。

また、同様に、②のどのような行為も
1. 本件事業
2. 本件許可処分
3. 本件換地処分
の三択問題になっており、全く分からないときも、1/3確率で解答には到達することができます。

もちろん、本問では、「本件事業」は、抗告訴訟の対象足りえませんし(ここで実質2択)、仮に、「本件許可処分」の無効が確認されたところで、工事は完了し、換地処分も終わっていますので、「本件換地処分の効力を争い、換地のやり直しを求めるため」には、素直に、「本件換地処分」を選ぶことになります。

このように、問題文には、仮に解答が分からなくても、解答を作成することができるヒントが隠されています。頑張って部分点だけでも取っていきましょう。

2 令和2年度問題45(条文型)

(問題文)
Aは、Bとの間で、A所有の甲土地をBに売却する旨の契約(以下、「本件契約」という。)を締結したが、Aが本件契約を締結するに至ったのは、平素からAに恨みをもっているCが、Aに対し、①甲土地の地中には戦時中に軍隊によって爆弾が埋められており、いつ爆発するかわからないといった嘘の事実を述べたことによる。Aは、その爆弾が埋められている事実をBに伝えた上で、②甲土地を時価の2分の1程度でBに売却した。売買から1 年後に、Cに騙されたことを知ったAは、本件契約に係る意思表示を取り消すことができるか。民法の規定に照らし、40 字程度で記述しなさい。なお、記述にあたっては、「本件契約に係るAの意思表示」を「契約」と表記すること。

※ 丸数字及び赤字などは、理解を助けるため、まるやが付したものです。

(センター解答)
Bが詐欺の事実を知り又は知ることができたときに限り、Aは、契約を取り消すことができる。

(まるや解説:大人)
作問者としては、「Cに騙されたことを知ったAは、本件契約に係る意思表示を取り消すことができるか。」を問うており、「騙された」ことを主眼に解答を作成することを期待しているので、民法第96条の第三者詐欺の問題になります。
そして、第三者詐欺の場合は、同条第2項において、「第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。」とありますので、センター解答のようになります。(伊藤塾、TACも過去問題集で、そのように解説しています。)

(まるや解説:怒)
でもね、仮に、行政書士であるあなたのところに、Aさんが上記相談に来たとします。
実際の正解は、Aさんと一緒に弁護士事務所に行くですが、あなたが、Aさんのお話を聞く中で、Aさんが盛んに「騙された!」とおっしゃったとすれば、すぐにセンター解答(第三者詐欺)には、気付くと思います。

しかし、第三者詐欺では、Bがその事実を知り、又は知ることができたときでなければ、取消しはできません。
そして、Aさんが取り消すためには、Bがその事実を知り、又は知ることができたことをAさんが証明しなければなりません。

これって、難しくないですか?(普通はできないでしょう。)

Aさんがすっかり騙されていたとすれば、Bさんは、Cとグルでもない限り、Aさんが騙されている事実なんて知らないでしょうし、1年後に騙されたことが分かったのも、もしかしたら、Bさんが、爆発物処理を念頭に甲土地を調査した結果、そんなものはなかったと判明したからかもしれません。本当にここ(爆発物処理)までの話であれば、判明後は、AさんとBさんが一緒になって、Cの不法行為責任を問うことになるはずですが、世の中は非情で、こういうケースは、大抵、BとCはグルです。(でもAさんは、BとCがグルであることを証明できない。。。)

作問者は、第三者詐欺のみを問う問題にしたつもりだったかもしれませんが、Aは、①の事実(甲土地の地中には戦時中に軍隊によって爆弾が埋められており、いつ爆発するかわからないといった真実に反する事実)をBに伝えており、かつ、①の事実を前提に、②甲土地を時価の2分の1程度でBに売却しています

とすれば、本件契約に係るAの意思表示は、民法第95条第1項第2号の錯誤に該当し、同条第2項の表示もなされているのですから、Aは、錯誤取消しが可能なはずで、第96条だとBの事情(知り又は知ることができたとき)に左右されること、また、問題文の締め括りが「取り消すことができるか」であり、かつ、第95条であれば「問題文の事情だけで取り消しまで書ける」ことからも、この問題は、第95条の問題と捉える方が普通でしょう。

なお、解答には表現しませんが、仮にAさんがCに騙されたことに重大な過失があったとしても、①の事実がBさんに伝えられているので、この伝えられている事実により、本問は、同条第3項第1号又は第2号に該当することが推認されます。

また、錯誤取り消しは、5年以内なので、時効にもかかりません。1年という事情を問題文に書いておきながら、センター解答に5年以内が書かれていないのも不可解ですし、そもそも、受験のレベルで物事を考えるとすれば、この過去問は、平成2年度のものなので、基準日は、平成2年4月1日となり、(民法第95条及び第96条はともに、改正が平成2年4月1日施行=両条文とも、注目条文でしたが、一般的には、第95条改正の方が重要な改正と捉えられていました。)普通、第95条の方が訊かれているんだろう、と思いますよね。

(で、普通は、この解答だろう)
Aは、Bに真実に反する売却動機を伝え、かつ、当該売買から5年以内なので、契約の取消しは可能(45字)

○民法(明治二十九年法律第八十九号)
(錯誤)
第九十五条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
○民法(明治二十九年法律第八十九号)
(錯誤)
第九十五条 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
(詐欺又は強迫)
第九十六条 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。
(詐欺又は強迫)
第九十六条 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。
2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
(取消権の期間の制限)
第百二十六条 取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
(取消権の期間の制限)
第百二十六条 同左

ただ、もしかしたら、試験現場で、騙されたとの文言から、第95条と第96条のどっちの問題なんだと思うかもしれません。
もちろん、そう思ったとしても、普通は、Aに有利となる第95条で突撃とは思いますが、絶対に満点ではないが(というか、随分、得点は下がるが)、絶対に零点にならないよう、両方入れる決断をするかもしれません。例えば、非常に不完全ですが、次のような解答です。

(涙の現場合わせ)
売却動機の錯誤又は第三者詐欺(Bが知り又は知ることができたとき)で契約の取消しは可能(42字)

3 令和2年度問題46(判例型)

(問題文)
以下の[設例]および[判例の解説]を読んで記述せよ。
[設例]
A所有の甲不動産をBが買い受けたが登記未了であったところ、その事実を知ったCが日頃Bに対して抱いていた怨恨の情を晴らすため、AをそそのかしてもっぱらBを害する目的で甲不動産を二重にCに売却させ、Cは、登記を了した後、これをDに転売して移転登記を完了した。Bは、Dに対して甲不動産の取得を主張することができるか。
[判例の解説]
上記[設例]におけるCはいわゆる背信的悪意者に該当するが、判例はかかる背信的悪意者からの転得者Dについて、無権利者からの譲受人ではなくD自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、甲不動産の取得をもってBに対抗しうるとしている。上記の[設例]について、上記の[判例の解説]の説明は、どのような理由に基づくものか。「背信的悪意者は」に続けて、背信的悪意者の意義をふまえつつ、Dへの譲渡人Cが無権利者でない理由を、40字程度で記述しなさい。

※ 赤字などは、理解を助けるため、まるやが付したものです。

(センター解答)
信義則上登記の欠缺を主張する正当な利益を有しない者であって、AC間の売買は有効であるから。(45字)

(まるや解説:標準)
一見して明らかですが、「背信的悪意者」に関する問題です。
そして、背信的悪意者には、下表の有名判例があり、当該判例では、次の規範が定立されています。(アンダーライン部分に注目)

①背信的悪意者が正当な利益を有する第三者に当たらないとして民法一七七条の「第三者」から排除される所以は、第一譲受人の売買等に遅れて不動産を取得し登記を経由した者が登記を経ていない第一譲受人に対してその登記の欠缺を主張することがその取得の経緯等に照らし信義則に反して許されないということにある
(これを短くまとめると)
→背信的悪意者(本件のC)は、第一譲受人(本件のB)の登記の欠缺を主張することが信義則に反し、許されない

②乙は、丙が登記を経由した権利を乙に対抗することができないことの反面として、登記なくして所有権取得を丙に対抗することができるというにとどまり、甲丙間の売買自体の無効を来すものではなく、したがって、丁は無権利者から当該不動産を買い受けたことにはならない
(これを短くまとめると)
→甲(本件のA)丙(本件のC:背信的悪意者)間の売買自体の無効を来すものではない

(①と②をまとめると)
→背信的悪意者(本件のC)は、第一譲受人(本件のB)の登記の欠缺を主張することが信義則に反し許されないだけで、甲(本件のA)丙(本件のC:背信的悪意者)間の売買自体の無効を来すものではない

(上記を40字程度にまとめます。)
「背信的悪意者は、」
第一譲受人の登記の欠缺を主張することが信義則に反し許されないだけで、売買は無効ではないから(45字)

主    文
原判決中、原判決別紙物件目録記載の土地の所有権移転登記手続請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を高松高等裁判所に差し戻す。
上告人のその余の上告を棄却する。
前項の部分に関する上告費用は上告人の負担とする。
理    由
上告代理人黒田耕一の上告理由について
一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 本件土地の分筆及び市道としての整備
(一) 原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)は、もとDが所有していた松山市a番町b丁目(表示変更前の同市c町)d番、e番合併一の土地(以下これを「合併一の土地」と表示することとし、「合併六、七の土地」もこれに準ずる)の一部であったところ、被上告人は、昭和三〇年三月、j駅前整備事業の一環として、貨物の搬出、搬入用の道路を造るため、右Dから本件土地を代金三四万一二八〇円で買い受け、同年四月三〇日その代金を完済した。
(二) 被上告人とDは、被上告人が買い受ける本件土地を合併一の土地から分筆して合併六の土地とすることにしていたが、分筆登記の手続に手違いが生じ、昭和三〇年五月一三日、実際に合併一の土地から分筆された土地は合併七の土地として表示された。その結果、登記簿や土地台帳の上では合併七の土地というものができ、しかも、合併六の土地はその後も公簿上作られなかったため、合併六の土地として登記される予定であった本件土地については、被上告人所有名義の登記が経由されないままとなっていた。
(三) 被上告人は、農地であった本件土地を公衆用道路に造成するため、昭和三〇年度の失業対策事業で盛土をして整備したが、昭和四四年六月二一日から同年七月一〇日までの間に本件土地の北側と南側に側溝を、ほぼ中央部に市章入りマンホールを二箇所設置するとともに、敷地全体をアスファルトで舗装して現況に近い形態の道路として整備した。また、被上告人は、昭和五四年一一月には、本件土地内に市道金属標を設置することにより本件土地が被上告人の管理に係る道路であることを明確にした。
また、被上告人は、昭和四三年三月に、地元民の道路境界査定申請に基づき本件士地とその南に接する合併八の土地との境界を査定したが、その査定調書には本件土地は「市道fgのh号線」と記載されており、被上告人が昭和五四年に作成した松山市備付道路台帳にも本件土地は「市道fgのh号線」として掲載された。右道路台帳には、右路線が幅員一四・四メートル、長さ三〇・四メートルである旨の記載がある。
このようにして本件土地は、遅くとも昭和四四年七月までに、被上告人所有の道路(市道)として一般市民の通行の用に供され、付近住民からも市道として認識されてきたが、道路法所定の区域の決定及び供用の開始決定などがされたことを明確に示す資料は残っていない。
(四) 被上告人は、昭和五八年一月二五日、愛媛県からの指示により、道路法一八条に基づき、本件土地及びこれに接続して西方に延びる幅員一・九メートル、長さ一八メートルの部分を合わせて「市道fg―h号線」として、区域決定及び供用開始決定をするとともにその旨の公示をした。その後昭和六二年三月に告示された市道編制により、市道fgのh号線は「fi号線」と路線の名称が変更された。
2 E産興株式会社による本件土地の取得の経緯
(一) D家に出入りし同家の財産管理に関与していたFは、昭和五七年の夏、D夫妻から、本件土地を一例として、登記簿上Dの所有となっているため固定資産税が課されているが所在の分からない土地があるので、これを処分して五〇〇万円を得たい旨の相談を受けた。このため、Fは、知人のGにこの話を伝え、協力を求めた。Fは、自分の調べた限りでは本件土地はj駅前付近にあると思ったが、必ずしも明らかでなかったので、その旨をGに説明した。
(二) Gは、E産興株式会社、有限会社H不動産及びI有限会社のオーナーとしてこれらの会社を実質的に経営する者であるが、Fからの話を聞き、土地登記簿謄本、野取図等に基づいて本件土地の所在場所を確認し、現地を見た上で本件土地を購入することにし、昭和五七年一〇月二五日、E産興を代理して、Dを代理するFとの間で、代金を五〇〇万円とする売買契約を締結し、同月二七日、E産興名義で所有権移転登記を経由した。なお、その際、売買契約を締結しても確実に所有権を移転できる確信がもてなかったFは、Gから万一本件土地が実在しない場合にもDに代金の返還を請求しない旨の念書をとった。昭和五七年当時、道路でないとした場合の本件土地の価格はおよそ六〇〇〇万円であった(なお、記録によれば、後述のIと上告人の売買契約では代金は一億五〇〇〇万円とされている)。
(三) E産興は、昭和五八年一月、本件土地に関し市道の廃止を求めるため付近住民から同意書を徴するなどしたが、本件土地については、同年二月二五日付けでH不動産に、次いで昭和五九年七月一〇日付けでIに、それぞれ所有権移転登記が経由された。
3 上告人は、昭和六〇年八月一四日、Iから本件土地を買い受けてその旨の所有権移転登記を経由し、同月二八日、本件土地が市道ではない旨を主張して、本件土地上にプレハブ建物二棟及びバリケードを設置した。
二 被上告人は、本件土地について所有権及び道路管理権を有すると主張して、上告人に対し、所有権に基づき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を、道路管理権に基づき本件土地が松山市道fi号線(旧同g―h号線)の敷地であることの確認を、所有権又は道路管理権に基づき本件土地上に設置されたプレハブ建物及びバリケード等の撤去を求め、これに対し上告人は、本件土地が上告
人の所有であることを前提として被上告人に対し、被上告人が、本件土地上のプレハブ建物及びバリケード等を撤去して本件土地を執行官に保管させた上、市道としての使用に供することができる旨の仮処分決定を得てその執行をしたことは、上告人に対する不法行為に当たると主張して、損害賠償を求めている。
三 被上告人の所有権移転登記手続請求について
1 原審は、(一) 昭和五七年一〇月に本件土地を取得したE産興は、本件土地の二重譲受人になるが、E産興を代理したGは、本件土地が既に被上告人に売り渡され、事実上市道となり、長年一般市民の通行の用に供されていたことを知りながら、被上告人に所有権移転登記が経由されていないことを奇貨としてこれを買い受け、道路を廃止して自己の利益を計ろうとしたものであるから、E産興は背信的悪意者ということができ、被上告人は、登記なくして本件土地の取得をE産興に対抗し得る、(二) H不動産及びIはいずれもGが実質上の経営者であり、上告人は、Iから本件土地を買い受けたが、E産興が背信的悪意者であって所有権取得をもって被上告人に対抗できない以上、H不動産及びIを経て買い受けた上告人も本件土地の所有権に関し被上告人に対抗し得ない、と判断して、所有権に基づく真正な登記名義の回復を原因とする被上告人の所有権移転登記手続請求を認容すべきものとした。
2 しかし、原審の右(一)の判断は正当であるが、(二)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
原審の確定した前記事実関係によれば、本件土地は、遅くとも昭和四四年七月までに、土地の北側と南側に側溝が入れられ、ほぼ中央部に市章入りマンホールが二箇所設置されるとともに、全体がアスファルトで舗装された道路として整備され、一般市民の通行に供されてきており、近隣の住民からも市道として認識されてきたところ、E産興の代理人Gは、現地を確認した上、昭和五七年当時、道路でなければおよそ六〇〇〇万円の価格であった本件土地を、万一土地が実在しない場合にも代金の返還は請求しない旨の念書まで差し入れて、五〇〇万円で購入したというのであるから、E産興は、本件土地が市道敷地として一般市民の通行の用に供されていることを知りながら、被上告人が本件土地の所有権移転登記を経由していないことを奇貨として、不当な利得を得る目的で本件土地を取得しようとしたものということができ、被上告人の登記の欠缺を主張することができないいわゆる背信的悪意者に当たるものというべきである。したがって、被上告人は、E産興に対する関係では、本件土地につき登記がなくても所有権取得を対抗できる関係にあったといえる。この点に関する論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実に基づき原判決を論難するものにすぎず、
採用することができない。
3 ところで、所有者甲から乙が不動産を買い受け、その登記が未了の間に、丙が当該不動産を甲から二重に買い受け、更に丙から転得者丁が買い受けて登記を完了した場合に、たとい丙が背信的悪意者に当たるとしても、丁は、乙に対する関係で丁自身が背信的悪意者と評価されるのでない限り、当該不動産の所有権取得をもって乙に対抗することができるものと解するのが相当である。けだし、(一) 丙が背信的悪意者であるがゆえに登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に当たらないとされる場合であっても、乙は、丙が登記を経由した権利を乙に対抗することができないことの反面として、登記なくして所有権取得を丙に対抗することができるというにとどまり、甲丙間の売買自体の無効を来すものではなく、したがって、丁は無権利者から当該不動産を買い受けたことにはならないのであって、また、(二) 背信的悪意者が正当な利益を有する第三者に当たらないとして民法一七七条の「第三者」から排除される所以は、第一譲受人の売買等に遅れて不動産を取得し登記を経由した者が登記を経ていない第一譲受人に対してその登記の欠缺を主張することがその取得の経緯等に照らし信義則に反して許されないということにあるのであって、登記を経由した者がこの法理によって「第三者」から排除されるかどうかは、その者と第一譲受人との間で相対的に判断されるべき事柄であるからである。
4 これを本件についてみると、上告人は背信的悪意者であるE産興から、実質的にはこれと同視されるH不動産及びIを経て、本件土地を取得したものであるというのであるから、上告人は背信的悪意者からの転得者であり、したがって、E産興が背信的悪意者であるにせよ、本件において上告人目身が背信的悪意者に当たるか否かを改めて判断することなしには、本件土地の所有権取得をもって被上告人に対抗し得ないものとすることはできないというべきである。以上と異なる原審の判断には、民法一七七条の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、原判決中本件土地の所有権移転登記手続請求に関する部分は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるために右部分を原審に差し戻すのが相当である。
四 被上告人のその余の請求及び上告人の請求について
1 原審は、被上告人は、本件土地につき道路法一八条に基づく区域決定及び供用開始決定をしその旨の公示をしたのであるから、本件土地につき道路管理権を有する、との理由で、被上告人の道路管理権に基づく道路敷地確認請求及びプレハブ建物等の撤去請求はいずれも認容すべきものと判断した。所論は、E産興が背信的悪意者であるとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、被上告人がE産興所有の本件土地につき供用開始の決定及び公示をしても、その決定及び公示は無効であるというものである。
2 しかしながら、E産興が背信的悪意者であるため、被上告人はE産興に対する関係では、本件土地につき登記がなくても所有権取得を対抗できる関係にあったことは、前述のとおりであるから、既に一般市民の通行の用に供されてきた本件土地につき、被上告人が昭和五八年一月二五日にした道路法一八条に基づく区域決定、供用開始決定及びこれらの公示は、本件土地につき権原を取得しないでしたものということはできず、右の供用開始決定等を無効ということはできない。したがって、本件土地は市道として適法に供用の開始がされたものということができ、仮にその後上告人が本件土地を取得し、被上告人が登記を欠くため上告人に所有権取得を対抗できなくなったとしても、上告人は道路敷地として道路法所定の制限が加えられたものを取得したにすぎないものというべきであるから(最高裁昭和四一年(オ)第二一一号同四四年一二月四日第一小法廷判決・民集二三巻一二号二四〇七頁参照)、被上告人は、道路管理費としての本件土地の管理権に基づき本件土地が市道の敷地であることの確認を求めるとともに、本件土地上に上告人が設置したプレハブ建物及びバリケード等の撤去を求めることができるものというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。また、以上によれば、道路管理権を有する被上告人が仮処分の決定を得てプレハブ建物等を撤去し、本件土地を市道として通行の用に供していることは、上告人が本件土地の所有権を取得しているか否かにかかわらず、不法行為を構成しないことが明らかであるから、上告人の損害賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。原判決に所論の違法は認められず、論旨は採用することができない。
よって、原判決中所有権移転登記手続請求に関する部分を破棄して右部分を原審に差し戻すこととするが、その余の上告は棄却することとし、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官    可   部   恒   雄
裁判官    園   部   逸   夫
裁判官    大   野   正   男
裁判官    千   種   秀   夫
裁判官    尾   崎   行   信

上記判例は、重要判例なので、一度は、お目通しください。

それでは、本日は、この辺りとさせていただきます。
今後とも、家内安全を第一に、無理のない範囲でお取組ください。

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